高知県の基礎情報

名称 内容
坂本龍馬 土佐が生んだ幕末の英雄、坂本龍馬は1835年に生まれました。近代国家誕生を目指して奔走し、数々の歴史的偉業を成し遂げました。しかし、1867年京都近江屋で襲撃され、明治維新を見届けることなく闘死しました。33歳の若さでした。幕末の動乱の中、大胆な発想力と行動力で時代を切り開いた龍馬の生き様は、現在でも多くの人の心をとらえています。
長宗我部元親 戦国時代の大名。1539年に現在の南国市に生まれ、1575年36歳のとき土佐を統一、1585年に四国の大部分を平定しました。
武市半平太 1829年に現在の高知市に生まれました。1861年に土佐勤王党を結成し、藩内で大きな力をもつようになったが失脚し、獄中で切腹を命じられました。
板垣退助 1837年に現在の高知市に生まれました。自由民権運動の主導者で演説会で暴漢に刺された際、血まみれの中で口にした「板垣死すとも自由は死せず」の一言は有名。
山内一豊 関ヶ原の合戦(1600年)の功により、山内家初代の土佐藩主となる。高知城を築き、城下町をつくりました。
ジョン万次郎(中浜万次郎) 1827年に現在の土佐清水市に生まれました。14歳のときに漁に出て遭難したところをアメリカの捕鯨船に救助され、アメリカ本国で英語や航海術などを身につけました。帰国後は、翻訳、英語教授、捕鯨など各方面に新知識を活かしました。
岩崎彌太郎 1834年に現在の安芸市に生まれました。1871年に土佐藩所有の船舶の払い下げから海運業を興し、「東洋の海上王」と呼ばれ、三菱グループの礎を築きました。
牧野富太郎 1862年、現在の高岡郡佐川町に生まれました。土佐の豊かな自然に育まれ、幼少から植物に興味を持ち、独学で植物学の研究を続けました。生涯において収集した標本は約40万枚。新種や新品種など約1,500種類以上の植物を命名し、日本植物分類学の基礎を築いた一人として知られています。
道の駅1 一般道路でドライブやツーリングをするときに、休憩に便利な施設が「道の駅」です。その土地ならではのグルメが味わえたり、温泉が楽しめたりします。同様に「まちの駅」、「海の駅」も来訪者にトイレ・休憩所を提供し、観光案内等の情報を発信しています。
道の駅2 道路利用者のための「休憩機能」、道路利用者や地域の方々のための「情報発信機能」、そして「道の駅」をきっかけに町と町とが手を結び活力ある地域づくりを共に行うための「地域の連携機能」、の3つの機能を併せ持つ休憩施設です。
まちの駅 「まちの駅」とは、地域住民や来訪者が求める地域情報を提供する機能を備え、人と人の出会いと交流を促進する空間施設です。また、まちづくりの拠点となり、まちとまちをつなぐ役割を持つものです。人と人をつなぐ場であるということから、ヒューマンステーションと呼ぶことができます。
川の駅 流域が情報を共有するためのネットワーク拠点であるとともに、川をテーマとして(体験学習、環境、レジャー、地域の歴史など)、人と人とが交流を深める、また、人と川とが付き合うための拠点です。
土佐 高知県の旧国名。「とさ」の呼称は、古くから国産みの神話の中で、雄々しい男の国とされています。
四国遍路 四国遍路(「お四国」ともいう)とは、西暦800年頃に弘法大師(空海)が修行した場所をたどり、四国に点在する88カ所の札所をループ状に巡る世界に類のない壮大な寺院巡拝のことをいいます。
高知県の風土 高知県は、輝く太陽のもと、黒潮打ち寄せる変化に富んだ海岸線をはじめ、四万十川に代表される清流や緑深い山々など、美しく豊かな自然に恵まれています。あわせて、坂本龍馬や吉田茂など、数多くの先人・偉人を輩出してきた歴史と風土があります。高知の自由で豪快な気風は、「いごっそう」や「はちきん」と呼ばれる、おおらかな中にも芯の通った県民性を育み、アイデア豊かな土佐人の知恵と行動力は、こだわりのある園芸作物や産業技術を生み出しました。また、「よさこい祭り」に代表される個性豊かな地域の文化を発展させてきました。